読書の夏、残暑。

コンサルティングセールスの講義をすることになる。
来年の1月に、社内向けの講師として。

やるからにはしっかりと準備ということで
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とりあえず五冊読む。
コンサルティングって、何だか曖昧な表現。
それに、セールスがつくと、曖昧模糊も甚だしい。

読書して寝る。

この間食った、もりしまとかいう長浜の肉屋さん。
うまかったな。また行きたい。
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花火

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夏と言えば、花火。
皆が歓声をあげる、大きな尺の花火。
その陰で、花火師達は汗を滴らせ作業に励む。

花火があがるところに鎮魂の願いあり。
花火を見つめるその先に、願いを込める。


あらざらむ この世の外の 思ひ出に
今ひとたびの 逢ふこともがな


誰からか聞いたことがある。
今日もどこかであがる花火は、誰を鎮めるためなのか。

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この花火、誰が為に。
人はその瞬間毎に、主人公だと錯覚しがちである。
様々なストーリーの中に、様々な主人公達が同居している。
ただ一人の登場人物であることに、気付きたくない。

この世は、何のためにあるのだろう。

京都にふらっと自転車で。

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8月16日9:00、雨雲レーダーを確認。
中部から西日本にかけて、曇りのようだ。
本来であれば、前日のお昼から出る予定だった。

8月16日10:30、よし。
ほぼ、雨が降ることは無いだろうと決意。

京都まで自転車で一人旅。
自分がどこまでやれるのか。
何を感じるのか。

スタートしてから三重までなんの問題もない。
平坦な道で見慣れた道。
ここからが大変でした。

亀山→甲賀→伊賀→宇治
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三重の恐ろしさをここで知るのです。
坂道の連続、田舎道過ぎて熊の出没に怯えながら漕ぐ。
ひとつ道を間違えると、三重を南下しそうで、その都度Googleマップに頼りながら。

亀山らへんの山道、道を間違え誰も通らないような山道。
名阪国道は自転車不可にもかかわらず、一旦そこまで出てしまい大幅なロス。

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やっと、宇治市
後ろから来た車に追突されそうになりながら、逆行で一枚。
その後、スターバックス平等院にて一服。

本来の目的地の伏見稲荷さんに向けて、キャラメルマキアートをイッキ飲み。

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10:57に、名古屋を出て。
18:45に、伏見稲荷さんに到着。

疲れが吹き飛ぶぐらいの、綺麗さ。
ライトアップされていて、幻想的。
海外の方ばかりのなかで、記念撮影。

手袋を落とした時に海外の方に拾ってもらった。
絶対に英語だったはずだけど、理解できた。
あの瞬間、コミュニケーションができてたんだな。
ありがとうございました、拾ってくれた人。

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帰りは新幹線。
7:30掛かった時間を30分で結ぶ。
人間の作り出したものはすごい。
ただ、自分の足で感じた距離の後では、ありきたりな言葉ではなくて、本当にすごいと感じました。

最後に、山道でアントニオ猪木さんの声が聞こえました。
その道を行けばどうなるものか。
危ぶむなかれ。危ぶめば道はなし。

確かにそうだなと。


一歩ずつ踏みしめれば、必ずgoalに辿り着く。
そんな、当たり前の事に気付けた一日でした。

筋力トレーニング

本日の成果。
スミスクラインのマシンを使って70kg×3回。
着々と最大筋力はあがっている。
ここまでは誰でもいける。
むしろ、ここから何kg積めるか。

目標は今年度中に80kg。
ゆくゆくは、やはり100kg。

それも、体重を62kgぐらいで達成したい。
体重の1.5倍の出力ぐらいを目標に。

三日坊主

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『ご縁』という言葉が好き。
神々しく、導かれたもののように感じるからなのか。

一生のうちに、どれだけの人に出会うのか。
それを『ご縁』と感じることは、どれだけあるのだろう。
きっと、人は無数の出会いを経験している。
その中で、『ご縁』と認識できるものは、そう多くないはず。
きっと、『ご縁』とは至極主観的なものなのだろう。

人は、ほぼ100年も生きられない。
私もあと、40~60年の命だろう。
何ができるのだろう。
何が残せるのだろう。
誰のために?

わからない。
酒を飲む、それも沢山飲む。
つまみを食う、それも不必要に食う。
もう飲まなくても良くなっても。
もう食べなくても良くなっても。

祈りに似ている。
祈らなくても良くなっても、祈る。
屈折している。感情も感覚も。

こんな夜は、ひたすら飲む。
君のことを思いながら。

音楽のある生活

f:id:nexus591210:20170721214929j:plain音楽を聴くと、様々なことがフラッシュバックする。
その時に抱いていた感情や、景色が色鮮やかに。

特に、青春の良き思い出との結び付きは深い。
良い思い出、に感じるように美化されている。
実際には、苦く悲しいことも含まれる。

五感とはなにか。
味覚、触覚、嗅覚、聴覚、視覚。

このすべてで記録された、思い出と呼ばれる記憶達。
記憶の中に強く記された感情を消すことは、難しい。

いつまでも過去に浸るのは、良くない。
ただ、今日ばかりは今ひとたび、と。
そう、願わざるを得ない。

※写真はこの記事とは関係ありません

祇園祭

f:id:nexus591210:20170721212014j:plainとても暑い一日が今年も終わった。
祇園祭
倉庫に眠っていた鉾達の年に一度の晴れ舞台。
男達が誇らしげに練り歩き、歓声が飛ぶ。
お囃子の盛り上がりと、それを見守る群衆。
一昔前との違いは、海外の人達の多さ。

それでも、今年も変わりなく厳かに執り行われた。
そして、長年続けてこられた京の人達に感謝。

音と感情は深く結び付く。
あのお囃子を聞くたびに、心が動く。
その時、その時に深く結び付く音がある。

祇園祭のお囃子。
それは、古の時から脈々と続く歴史の音である。